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ウィーン渡航ルポ「私たちの締約国会議」

 6月中旬、KNOW NUKES TOKYO(KNT)は核兵器禁止条約の第1回締約国会議に際して、オーストリア・ウィーンに渡航しました。渡航したのは、高橋悠太、中村涼香、徳田悠希、中村生、山口雪乃の5名です。また「KNTサポーター」として瀬戸麻由(カクワカ広島)も渡航しました。渡航費用はクラウドファンディングなどで賄いました。(様々なサポートをいただき、ありがとうございました。)

 締約国会議と、前後の市民社会のフォーラムなど合計して、約1週間です(主に6月18~23日。)KNTが、この1週間、どんな動きをしたのか、時系列でまとめました。また、渡航して私たちが何を感じたのか、そして実際にどんな成果があったのか、共有したいと思います。


目次

  1. ICAN NUCLEAR BAN FORUM / 市民社会フォーラム
  2. 「核兵器の人道的影響に関する国際会議」に参加・発言
  3. 「第1回 締約国会議」が始まりました
  4. バナーアクション~出会った記憶を形に残す~
  5. まとめ / これから私たちがすべきこと

ICAN NUCLEAR BAN FORUM / 市民社会フォーラム

被爆者との出会いの場づくり / 企画「Meet the HIBAKUSHA」実施

6月18,19日に、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が「市民社会フォーラム」を開催しました。その中で、「ヒバクシャと会ってみよう!」というイベントをコーディネートしました。ヒバクシャと「カフェ」でお話するように出会い、被爆者と膝が触れ合う距離で交流してほしいと思ったからです(KNOW NUKES TOKYO主催 / コーディネート:徳田悠希)。川副忠子さん、木戸季市さん、家島昌志さんの3名の被爆者をお招きし、世界各国の約50名の参加者が囲みました。

 私たちはヒバクシャの代わりにはなれない、と日々感じます。けれど、彼らから聞いた体験、ともに過ごした時間を胸に刻むことはできます。それらを胸に、核廃絶運動が世界中で展開されることも、「継承」の一つの形なのではないでしょうか。そのお手伝いを今後もしていきたいと思います。参加した家島さんは「この距離で対話をして、世界の人々の熱気を受け取ることができた」と喜んでくださり、参加者からも「一番双方向的で良かった」との感想がありました。

*より詳細なルポはこちら(徳田悠希)


  

「被爆2世3世の記憶の継承」についてのイベント共催 / 企画「Contaminated Legacy」

被爆2世、3世がどのように被爆の記憶を未来につなぐか、議論する企画を、KNOW NUKES TOKYOとICRC(赤十字国際委員会)で共催しました。モデレーターは、髙垣慶太さん(ICRC Youth Representative)。その他、写真左手2番目から、崎山昇さん(被爆2世協議会会長)、中村涼香(長崎の被爆3世)、タレーカウカウさん(フィジー出身)、瀬戸麻由(広島の被爆3世、祖父母を今年初旬に亡くす)が登壇しました。

 崎山さんは「原爆が投下された当時は生まれていなかったとしても、原爆放射線の遺伝的影響による健康不安におびている」と訴えました。またタレーさんは、被爆2世3世ではありませんが、核実験で動員された兵士が被爆したフィジー出身です。彼女は「核は、コミュニティー全体への被害なんだ。太平洋人として重く受け止めている。血筋だけでなく、土地も、あらゆる源、体験を汚染する」と発言しました。

*より詳細なルポはこちら(瀬戸麻由)

持続可能性をテーマに広島県主催企画登壇 / TPNW and Sustainable Nexus

核兵器問題を「持続可能性」の視点で議論するセッションにメンバーの中村生と山口雪乃が登壇しました。広島県の「へいわ創造機構ひろしま(HOPe)」主催。星野俊也教授(前国連日本政府代表部大使)がモデレーターを務め、他にミカエラ・ビギンズ・セーレンセンさん(Youth Fusion代表)が登壇しました。

 中村や山口は3月に開催した「”模擬”締約国会議」を踏まえて、日本の若者が核兵器問題における持続可能性ついてどのように議論し、考えたのか、そして問題解決のために教育の視点が重要であると、話しました。


「市民社会フォーラム」全体を通して

 期間中、サイドイベント含め、数多くの企画やアクションが実施され、その多くを若い世代が主導しました。KNTもイベントを主催・共催。また多くの依頼を受け、イベントに登壇し、設営に関わりました。ありがとうございました。

 今回のフォーラムは、より能動的に若い世代が関与していくための「枠組み」が設定され(「市民社会フォーラム」では約40のセッションが「持ち込み」などによって実現。)、また「インセンティブ(動機)」(世界に声を発信できる、発言・企画内容を拘束されない、など)も存在しました。結果として、それぞれの成功体験が増え、モチベーションも向上し、全体として、広がりのあるものとなった印象です。日本でも、導入できる視点かもしれません。

高橋悠太がクロージングで、「私たちの手で世界を変えよう!」とスピーチしました

「核兵器の人道的影響に関する国際会議」に参加・発言

中村涼香が被爆3世としてオープニングでスピーチ

 締約国会議の前日に「核兵器の人道的影響に関する国際会議(オーストリア政府主催)」が開催され、被爆者らに加え、長崎の被爆3世・中村涼香も6分間のスピーチをしました。オーストリア政府から依頼が来たのは、出発する日の朝でした。依頼内容は、「被爆3世として、自身の体験・思いをできるだけパーソナルに語ってほしい」というもので、時間は6分です。(全文はこちらからご覧になれます。)

「核兵器の被害が被爆2世や3世にどのような影響をもたらすか明らかになっていません。分からないから怖いのです。…被爆者と同じように核兵器の恐ろしさを語ることはできないかもしれませんが、被爆者の話を聞いた皆さんも記憶を語り継いでいく担い手なのです」

 中村自身もスピーチを通して、改めて真剣に自分のアイデンティティと向き合いました。なお、「ユース非核特使に委嘱されているが、政府はいない」と述べると、会場から拍手が上がりました。終了後、「勇敢だったね」と声をかけてくれることもありました。

*スピーチ直後の中村のインタビューはこちら

(撮影:Alexander-papis)


議論のキーワードは「ジェンダー(平等)」「気候変動」

 この「非人道会議」では、核兵器のもたらす人道上の帰結とリスクが改めて確認されました。いくつかご紹介します。キーワードは「ジェンダー」と「気候変動」だと思います。

 赤十字国際委員会のドレージ法務部長は、周知のように核爆発直後の人道援助に入れないこと、そして男女の影響の大きさの違いについて指摘しました。例えば、避難先で生理用品が不足する(あるいは救助者が男性が多く、生理用品の必要性に気がつかない)ことや、性暴力が発生する可能性などです。またアメリカで放射性の影響を研究してきたメアリーオルソンさんは、以前から「放射線の被害が女性に男性の約2倍の影響がある」と提唱し続けています。これらの影響の理由は、子宮や乳房など、放射線の影響を受けやすい組織を女性の方が多くもつからで、幼いほど感受性が高いのです。また、サイドイベントでは、ドイツの大学院生が「男女の二元論では、議論に加われない人もいる。LGBTQの視点を入れるべきだと思う」と問題提起しました。あらゆる人(当事者)が議論に加わることが重要です。

 さらに、ミルズ博士(米国立大気研究センター)が印パによる地域核戦争では気温が小氷河期を下回り、米露間の核戦争では数年間は平均気温が0度を下回り農業が不可能となる「核の冬」が生じることを指摘されました。加えてマーシャル諸島出身者が「核実験後、コンクリートでその地域を覆ったが、ひび割れが進んでいる。温暖化で海面上昇が進めば、海水が流入し、汚染水が海に流れだす。生業の漁業ができなくなり、貧困化する」と訴えていました。

*詳細なルポはこちら(明治大学・山田寿則さん)


 

「第1回 締約国会議」が始まりました

第1回締約国会議の総評 / 「核抑止」を明確に否定

 6月21日から3日間、「第1回締約国会議」が開催されました。会議全体を通して、「核抑止」への批判が投げかけられました。ウクライナ侵攻の中にあって、重要な視座です。そうした内容をベースに「ウィーン宣言」と50項目の「行動計画」が採択され、次回の締約国会議(2022年11月、議長国はメキシコ)までに条約を普遍化させていく道筋が作られました。
 また、議長のアレクサンダー・クメント大使の「核兵器は今も続く人のみならず、環境問題でもある。また二世・三世も被害を受けたコミュニティーの一員である」という認識が色濃く表れた会議だったと言えるでしょう。「被爆3世(中村涼香)」のスピーチを組み込んだのも彼です。

 今後は核保有国の参加が不可欠です。保有国の関与を促すために核兵器禁止条約がNPTを補完するものである、と強調し、NPT再検討会議で軍縮を進めることを確認しました。

議長のアレクサンダー・クメント大使(オーストリア)

 

会議全体を通して / 「市民とともにつくる条約だ」と確認

 今回の締約国会議では国の発言と市民の発言が交互に組み込まれました。「核兵器禁止条約は市民と一緒につくっていく」という意思表明と言えるでしょう。市民社会の参画が盛んで(参加者は全体で1000人。うち600人余りが市民)、各国もその存在、特に若い世代の声を大切にしようとしていました。会議最終日、「行動計画」などが無事に採択されると会場全体がスタンディングオベーションし、採択を祝いました。

 その後、クメント大使が、会議成功に貢献したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のメンバーの側に行き、お互いをたたえ合いました(下記、動画)。核兵器禁止条約が市民と共に作っていく国際規範であることを象徴する瞬間で、会議のハイライトです。

畠山博幸さん撮影

オブザーバー国の反応

 今後は核保有国の参加が不可欠です。その意味で、大きな役割を果たしたのは「オブザーバー」として参加した国々です。特にNATO加盟国のノルウェー、ドイツ、オランダとベルギー、そのほかオーストラリアはいずれも米国の「核の傘」の下にある国です。
 オランダは「ロシア侵攻は許せない」と強調。また、核兵器禁止条約の意義を認めた上で、NPTと核兵器禁止条約の関係が明確でない、と指摘しました。これらはネガティブな発言ではありますが、「課題を提示している」とも捉えられるでしょう。重要な貢献です。これらの問題提起は、行動計画の中にも盛り込まれ「…具体的協力分野をさらに検討し明確にするための非公式進行役(informal facilitator)を任命し、その努力に対する支援を提供する(行動36)」ことを定めました。

*その他のオブザーバー国の発言はこちら

オランダ大使

 

アドボカシー / 外交官に声をかけ、日本の経験を伝える市民外交

 KNOW NUKES TOKYOでは、ICANなどと協力し、「アドボカシー活動」に奔走しました。各国政府代表(外交官)などに声をかけ、「被害者援助」や「環境回復」(条約6,7条)について、会議内での発言や自国のスピーチにより積極的な文言を入れてほしいと要請(アドボカシー活動)をしました。KNTではエルサルバドル、マルタ、バングラディシュ、チリ、ドミニカ共和国、キリバス、モザンビークなどにアプローチしました。徳田悠希は、マルタ大使に声をかけ「(ヨーロッパに位置する国として)条約の普遍化(12条)に注目していたが、援助の視点についての指針をありがとう」と返答をもらいました。

 なお実際に「行動計画」には私たちの主張が多く盛り込まれました。「国際機関、市民社会、影響を受けるコミュニティ(affected communities)、先住民、若者を含む関連する利害関係者(stakeholders)と関わり、協働する(行動19)」ことなどです。大きな成果です。

*高橋悠太のまとめのインタビューはこちら


日本政府の姿勢について / 外務省担当者に直談判

 日本政府は、非人道会議には前3回同様、出席したものの、締約国会議には「核保有国が参加していない」(岸田首相、6月16日)などを理由に不参加を発表しました。
 市民団体「カクワカ広島」が、それらを受け「#総理!ウィーンに行きましょう 締約国会議のオブザーバー参加を求める電子署名」をchange.orgで立ち上げました。初日は伸び悩びましたが、翌日午後から猛烈な勢いで署名が伸び、「これだけ多くの人が参加を望んでいるのか」と胸が熱くなりました。

 ウィーンにいた高橋(カクワカ広島共同代表)が、意思表明するため非人道会議終了直後に、それまでに集めた21,065筆(最終署名数は23,237筆)を携え、石井良実外務省軍備管理軍縮課長に直談判しました。「この2万という数をどう捉えるか」と問いましたが、残念ながらそれへの回答はなく、「岸田首相が述べている通り、核保有国が参加していないなどの理由で、出席しない」と繰り返しました。私たちは外務省から「ユース非核特使」の委嘱も受けていました。締約国会議に、委嘱元である日本政府の姿がなかったのが残念です。

*ユース非核特使委嘱と日本政府の態度の受け止めはこちら(高橋悠太)


 

Youth MSP / 若い世代による締約国会議開催

 「Youth For TPNW」というイギリスを拠点とする核兵器廃絶ための若い世代のグループが「Youth MSP(若い世代による締約国会議)」を開催しました。そのワークショップの一つ “ In Conversation with Hibakusha(被爆者との対話・議論)” というワークショップをKNOW NUKES TOKYOが主催しました。

 中村生と山口雪乃がコーディネーターを担当し、スピーカーとして被団協理事の家島昌志さんにご参加いただきました。家島さんからの被爆証言、Q&A、ディスカッションという流れを取り、対話的なイベントにしました。核保有国、被爆国、オブザーバー国など様々な国の若者が、家島さんに面と向かって質問をする様子が印象的でした。


平和首長会議他、NGOのサイドイベントに登壇

 全世界で8000都市以上が加盟する国際NGO「平和首長会議(Mayors for Peace)」主催のサイドイベントに、中村涼香がスピーカーとして登壇しました。約50名の参加者を前に、KNTの活動について報告し、平和活動を継続したいと語りました。質疑応答では、ダニエル・ホグスタICANキャンペーンコーディネーターから「どのように継続させていくのか」と問われ、「カフェを作りたい。そこを核兵器廃絶を願う人々が集う場を場所にし、収益を回していきたい」と構想を披露しました。会場は、鮮やかな笑いに包まれたました。

 

バナーアクション~出会った記憶を形に残す~

 「出会った記憶を形に残す」というコンセプトのもと、出会った人々に、それぞれ平和へのメッセージなどを1枚のバナーに書き込んでもらいました。現地の街頭でも呼びかけを行い、20を越えるメッセージが集まりました。今回の議長を務めたクメント大使も直接メッセージを書いてくれました。各国の言語で、希望や感謝の言葉が綴られ、日ごとにメッセージで埋まっていくバナーを見て、私たちが実際に現地へ赴いて働きかけていくことの意義を感じます。

 

まとめ / これから私たちがすべきこと

 今回の渡航を経て、メンバー全員、多くの経験を積み、自分で役割をつくることを体験しました。また、核兵器のない世界という目標に向け動き続けるチェンジメーカーに囲まれていることを実感し、誇らしくもなりました。彼らと議論した核兵器と「ジェンダー」や「気候変動」に関する視点を日本に持ち込みたいと考えています。
 また具体的な成果を、小さくとも数多く積み重ねることができました。これまでも大人数の代表団が渡航をしますが、数人でもこれだけの成果を積み上げられるのです。工夫し、協力すれば、さらに大きな成果を作り出すことができると確信しています。

 残念ながら「被爆者のいない時代」が始まろうとしています(既に始まったと捉えています)。被害者援助を加速し、核使用の抑止力とするためにも、被爆者の体験を条約の中にどれだけ落とし込めるかが、課題です。企画「Meet the Hibakusha」では、長崎の被爆者に対して、「戦後、政府はどのようなサポートをしたのか」との質問も寄せられていたのは、その証拠でしょう。

 8月には、保有国も含めて核軍縮を話し合うNPT(核不拡散条約)再検討会議(8月1~26日)が行われます。締約国会議に参加した約80ヶ国(オブザーバー参加含む)は、NPTの加盟国でもあり、NPT内での「核兵器禁止条約コミュニティ」の盛り上がりが注目です。大きなムーブメントになり得るでしょう。また、核保有国の参加を促すために、市民社会は、NPTの視点から核兵器禁止条約に関わる方策・視座を提示していきます。また、日本政府は「NPTは核軍縮の礎石であり、推進していく」(初の首相参加を予定)と述べてきており、その意味で、日本の姿勢にも注目です。

 なお、来年はG7会合が広島で開催されます。今回つながった各国の若い同世代とともに、何かしらアクションを模索してたいです。またキャリアとして、私たちのような平和へのアプローチが認知・定着してほしいとも願っています。

 ICAN市民社会フォーラムのテーマは、“Ban is our choice”(廃絶は私たちの選択)でした。核兵器を廃絶するか、現状維持で核抑止(拡大抑止)を選択するのか。選択肢は明確に示されました。あとは私たちの意志の問題です。KNOW NUKES TOKYOはその選択肢を伝え、共有する空間となっていきます。楽観視はできないが、私たちは地道に前に進み続けます!ありがとうございました!

会場のウィーン国際センター付近で

現地での活動の様子は多数のメディアでも報道されました。

東京新聞「長崎被爆者から託された「平和の帯」 被爆3世大学生が着て核兵器禁止条約会議出席へ」(2022年6月20日)

広島ホームテレビ「核兵器禁止条約の 締約国会議 「日本政府の参加を」外務省に“直談判” ウィーンで動く若者たち」(2022年6月23日)

NHK「核兵器の人道的影響に関する会議で被爆者が証言」(2022年6月21日)

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